私をヴェネチア・ビエンナーレに連れてって(仮)

展覧会の感想や気になったことを書き留めて、整理する場所として使います。

よい休日

吉本先生がFBでおすすめされていたビル・エヴァンスの映画をみた。生誕90周年記念だという。

映画の中ではドラッグ依存や身内の自殺などのエピソードも語られていたけど、不健康で悲劇的な人生だから素晴らしい業績が残せたとは思わない。健康で長生きして、おじいちゃんになってもずっと活躍してほしかった。

映画の中でエヴァンスについて語っている何人かは、既に亡くなった人だった。ポール・モチアンジム・ホールなどなど。

エヴァンスのトリオ以外の仕事では、やっぱりジム・ホールとのアンダーカレントが好き。そういえば、ジム・ホールをコットンクラブで観たのももう6〜7年前になる。多分それが最後の来日だったと思う。ライブは行ける時に迷わず行かなければと改めて思う。


・大学院の先輩に研究の相談をした。私には、修了してからも定期的に会って話をきいてくれたり、面倒を見てくれたりする先輩たちがいる。とても恵まれている。先輩たちはどんな球を投げてもちゃんと返してくれる。とてもありがたい。

今日は、調査の進捗や最近考えていることなどを報告した。あと10人くらいインタビューしたら、分析枠組みも見つけられるんじゃないかとアドバイスをもらった。

とりあえず今は、インタビューして文字起こしするのが楽しい。文字起こしの作業は、いままでもやもやしていたものが、自分の手で立体的な形になっていくのを見届ける作業のように思う。調査しながら、文字起こししながら、どうやって分析しようか悩むのが今は楽しい。

仕事や他のいろんなことと同時並行で研究するのは忙しいし大変だけど、大学教員の忙しさに比べたらきっとなんてことはないはず。このまま自分のペースで頑張ろうと思う。

 

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星野源と年末年始

今から7〜8年ほど前の大学生の頃、学祭に星野源さん(以下敬称略)が出演してくださったことがあった。

当時はSAKEROCKの活動と並行して、ソロでもライブをされているような時期だったと思う。その時は、ソロになって老若男女から愛されるアーティストになるとは、失礼ながら思いもしなかった。

 

大学にはいくつかのバンドサークルがあったけど、どのサークルにもSAKEROCK好きがいた気がする。特に好きってわけでなくても、みんな聴いていたし、コピーしてる先輩もいた。

私の大学では、毎年バンドサークル(音系と呼んでいた)の中に何人か学祭実行委員をやる人がいて、その人たちが学祭のライブ企画を主導していた。だから、星野源も音系の先輩が呼ぶと決めて、ブッキングしていた。

 

その年の学祭は2ステージ制だった。

学食とB201教室の間にあるバスケットゴールのある広場(何て呼んでたか忘れた)と、円形芝生の広場(通称:円芝)にそれぞれイントレを組んでステージを作っていた。

星野源は、午後のまだ明るい時間帯に円芝ステージの方に出演して、ステージにあぐらをかいて座り、確かギター一本で弾き語りだったと思う。客はまばらで、みんな芝生に座ったり寝転んだりしてまったりしていた。森ガール(懐かしい)が好みそうなフェスがそこにあった。

 

学祭が終わって片付けをしていると、ライブ企画を担当した先輩が私のサークルにやってきて、「ラスト1枚なんだけど誰か欲しい人いない?」と、星野源のサインを持ってきた。

どうやら学祭実行委員のために、20枚くらいまとめてサインを書いてくれたらしい。その最後の1枚が巡り巡って私のサークルに持ち込まれていた。

私より星野源好きな人もいただろうに、誰も貰おうとしないので、私が貰うことになった。そんなにファンじゃなかったけど、その場のミーハー精神で貰ってしまった。

貰った後はしばらく飾っていたけど、色褪せないようにほかの大事なもの(通帳と、椎名林檎ファンクラブの会報)と一緒にチャック付きファイルにしまっておいた。

 

それから5年くらい経ち、私は地元に戻って大学院に入学し、修了し、就職した。

その間にSAKEROCKは解散して、星野源はソロになり、アミューズに所属して、説明の必要がないくらいに人気者になった。

私はミーハー精神からふと久しぶりにサインでも眺めてみようと思い立ち、あのファイルを開けた。 

 

すると、そこには椎名林檎ファンクラブの会報と、使い終わった古い通帳しかなかった。

サインは大事にしていなかったわけではないけど、チバユウスケに貰ったサインほどは大事にしていなかったかもしれない(チバユウスケのサインは、もし南海トラフ地震が起きてもすぐ手にとって逃げれるような場所に置いてある)。

私はチバユウスケのサインと同等に大切にしなかったことを後悔しながら、記憶を辿って部屋中を探してみた。でも、星野源のサインはやっぱり見つからない。

 

それ以来、毎年年末に紅白歌合戦に出ている星野源を見ていると、申し訳ない気持ちがこみ上げてくるから、一生懸命大掃除をするようになった。

今年は絶対に見つけようと思って、クリスマス前からかなり頑張って大掃除を始めてみたものの、やっぱり見つからなかった。

その代わりに部屋がめちゃくちゃ綺麗になって、大きいごみ袋3袋分くらいのゴミがでた。

大掃除をしていると、もう帰国した留学生の友達から貰った手紙や、大学時代に真面目に取っていた講義ノート、ゼミの友達と撮った懐かしいプリクラなどが発掘された。探していたわけじゃないけど、大事なものがいくつか見つかったので嬉しかった。

 

人生では往々にして探し物が見つからないし、探してないものの方が見つかることが多い。

だから、もしかしたら星野源のサインは見つからない方がいいのかもしれない。むしろ、サインが見つかってしまったら、私はもう二度とこんなに大掃除を頑張れない。

別の見方をすれば、星野源のサインを本当に見つけたかったら、探さない方がいいかもしれない。

 

 

これは認知的不協和の低減に過ぎないとわかっているのだけど、そういう謎の境地に達する年末年始を、また今年も過ごしました。

とりあえず、2019年が良い年になることと、早くこのもどかしさから解放されること、そして星野源さんのますますのご活躍をお祈り申し上げたいと思います。

 

 

 

 

 

好きすぎて目に焼きつかない

私が東京の大学に進学したのは、ただ東京事変のライブに行きまくりたい(&あわよくばメンバーと街ですれ違ってお知り合いになり、自分も東京事変になりたい)という不純な動機からです。

それで早速1年生の夏休み、もう10年前にもなりますが、このライブを見に行きました。

 

youtu.be

 

会場は、東京ドームの近くだったと思います。
対バンにスクービードゥーZAZEN BOYSがいたこと、
2日間連続で行ったこと、
ピンク色のツアーTシャツを買ったこと、
前に立っていたスーパーロングヘアの女性の髪がふわふわとして肌にまとわりついて嫌だったこと、
近くにカップルがいて彼氏が彼女をがっちりガードして邪魔だったこと、
そして、これは夢なのだろうかと思いながら終始観ている実感がわかなかったこと、
などを覚えています。

肝心の曲については、Youtubeに幾つか上がっているからこんな感じだったなぁと思い出せるものの、もし何かの記録や手がかりがなかったら、何をどんな風に演奏したか、多分思い出せません。

展覧会などに行ってもそうなのですが、観たいと思って意気込んで行った展覧会ほど、観ているのに、観ていないような感覚になってしまいます。
この感覚はなんなのでしょう。
「ああ、私はついに来たんだ!目に焼き付けなければ!」と思えば思うほど、目に焼き付けなければ!と思ったことだけが強く記憶に残ってしまい、何をどう観てどう感じたかをいつも持ち帰ることができません。
それで最近は、気になった展覧会だったら、図録をなるべく買うようにして、家でゆっくり振り返れるようにしています。

多分、大好きなアーティストのライブや展覧会に行って、観ても観ていない感覚になってしまうのは、作品以外の情報が多すぎて、私の中でうまく処理できないからなんだと思います。
同じような感覚になる人は、どのくらいいるでしょうか。

27から28へ

早いもので、私が生まれてからもうすぐ28年になる。

27歳のうちにできたことと、28歳のうちにやりたいことリストをここに記録します。

 

27歳のうちにできたこと

・展覧会のステートメントを書く

・社内のコンペで入賞する

・無期雇用の職を得る

・パスポートを取得する

・ドイツ語検定に合格する

・ゲストハウスに泊まって旅行者と英語で話す

・ドイツに行く&現地の人と話す

・ドイツの美術館とギャラリーに行く

 

28歳のうちにやりたいことリスト

・着ない服を処分する

・週に1回以上運動する

・どこかの山に登る

・お花の准教授試験に合格する

・ドイツで買った図録(英語・ドイツ語)を読めるようになる

・カフェトークを続ける

・美術史の勉強をはじめる

・月に1冊は本を読む

 

ロールプレイング展

昨年参加させてもらった展覧会「ロールプレイング」にて展示した作品の記録です。
ブログにまとめて掲載しようと思いつつ、1年近く経ってしまいました。
以下に、展覧会の情報・自分のステートメント・作品の写真を掲載します。
写真は谷川ヒロシさん(http://tololo.info)に撮っていただきました。
貴重な経験をさせていただき、皆様に感謝しています。ありがとうございました。

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ロールプレイング 
2017.2.28 [Tue.] - 3.5 [Sun.] 10:00-18:00
愛知県立芸術大学学食二階次元
浅井南 / 等々力芽生 / 福田莉代

この展覧会は、愛知県立芸術大学大崎研究室の研究会の一環として、芸大生および普段作品を制作しない参加者が「展覧会」という形式を用いて、それぞれの成果を発表するものです。本展は、様々な役割を求められる日常生活の中で出会った疑問や発見を、個々の視点から思考する場として「ロールプレイング」というタイトルで企画しました。
自宅での自分、学校での自分、職場での自分、どの自分も同じ自分に他ならないのに、私たちは場の状況に応じて、求められた役割を無意識のうちに演じ分けています。私たちの日常は、他者との関係の中で作り出される役割演技(roleplaying)の連続とも言えるのではないでしょうか。

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浅井 南 / Minami Asai
「記憶力が良い」と言われることがよくある。たしかに昔から暗記科目だけは得意だった。話した本人すら忘れているような、とりとめのない会話を一言一句覚えていたりして、驚かれることもある。学生時代にフィールドワークをしていた時、ICレコーダーを回せないような現場に入って、参与観察を繰り返していたからかもしれない。
日常生活の中で、記録にも記憶にも残らないようなものを見つけた時、とてもいとおしく感じる。刹那的とも感傷的とも少し違う、このいとおしいという気持ちはどこから来るのだろう。
私はいま、展覧会のサポートをする仕事をしている。偶然就いたこの仕事は、作家と鑑賞者の間を行ったり来たりする仕事で、一般的にはアートマネジメントというらしい。作家と鑑賞者の隙間に立つことで見えてくる景色があり、私はその景色をいつもいとおしく感じながら眺めている。

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「sun.19:00〜mon.13:00」
ミクストメディア/サイズ可変

 

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作品より人に興味がわくことについて

いろいろな展覧会に行って、「やっぱり作品よりも人の方に興味がある」と思うことが多くなりました。美術史を勉強して、文脈がもっとわかるようになれば、作品単体でももっと楽しめるようになるかもしれないけど、多分、人に興味がわくというのは変わらない気がします。

 

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この前、京都でやっている東アジア芸術祭に行ったんですが、展示会場で60〜70代くらいのボランティアのご婦人と何気ないおしゃべりをしたのが楽しかった。特別な思い出というわけでもないけど、なんとなく忘れられません。

無意識に京都市内にお住まいの近所の方がボランティアしてるんだろうと思っていたけど、話を聞いていたら、その方は大阪の枚方市からボランティアに通っているとのことでした。
しかも、ボランティアをやるようになったきっかけは「ここが出来た時に素敵だなぁと思った」からだそうです。そのふわっとした動機はなんとも面白く、いとおしく感じました。

他にも何か動機があるのかもしれないけれど、関西はこちらよりも何となくアートや文化事業に関わるハードルが低そうな気がします。もっと突っ込んでお話を聞きたくなりました(が調査っぽくなるのでやめました)。

 

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話は変わりますが、今日は仕事の展覧会でアーティストトークがあったり、終わってから作家さんとお話する時間がありました。やっぱり作品を見るだけじゃなくて、そこに関わる人の話を聞くのは楽しい。

 

楽しいと思うのは多分、一見合理的と思えない人の行為(コンセプトの立て方だったり製作方法だったり展示方法だったり)について、その人の話を聞いているうちにだんだん引き込まれて、何となく合理的に思えてくるような感覚があるからだと思います。

話を聞いている間は、その人の価値観を受け入れることができて、その人の人生を追体験しているような気持ちになれます。

 

私はストレスを感じやすい方なので、人の多いところが苦手なんですが、銭湯と居酒屋と展覧会は多分別枠で同じレベルで好きです。

エモい展覧会

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ヴェネチア・ビエンナーレの年だけど、仕事が休めそうになくてたぶん行けない気がします。

豪雨がきて大変だったけど、わたしはなんとか元気です。最近は、内覧会でジュースをたくさん飲んだり、つづきりょうこさんの個展にいってお話して久々にブレイクスルーの嵐が起きたり、してました。


内覧会、、、、そもそも内覧会の招待状をもらうという経験が人生で初めてだったのでとてもうれしかったです。

展覧会とは関係ないけど、ブッチャーズが大学の新歓祭に(大したギャラも出せないのに)来てくれたことや、スタッフとして吉村さん・ひさ子さんのお子さんのお世話係をしたことや、ずっと仮面ライダーごっこやかくれんぼをしていて肝心のライブを全然見れなかったことや、それでもいろいろ楽しかったことを思い出しました。


さて、奈良さんの展示の方は、作品も楽しいけど、お客さんの反応をみてるのが思いがけず本当に楽しくて、絵よりもお客さんとか展示方法とか塗り直された壁とかの方を一生懸命観察してました。

また行きたいな。


森千裕展は、とてもエモい(!)気分になりました。エモいとしかいいようのないとても好きな感じ、、自分でもびっくりしました。

展覧会をみてこんなにエモい気分になることがあるなんて思わなかったのでびっくりだし、そもそもエモい気分になる自分にしばらく出会ってなかったのでさらにびっくりした。

私のいうエモい気分とは、好きな音楽を聴いて酔っ払って、ステージに登って、スピーカーにも登って、背中からダイブするときのような、よくわからないけどなんか胸にくる/どうにでもなれーみたいな気分です。

また行きたいな。

そして、ナンバーガールのライブ映像がみたいです。西部講堂のやつが好きです。


つづきりょうこさんの個展も新しい発見がありました。つづきさんにいろいろ質問すると、ネガティヴなことばっかり返してくるのでちょっと面白かった。

つづきさんの説明を整理すると、ネガティヴな選択の連続で作品ができていることになってしまうのだけど、きっと本当はネガティヴなだけじゃないと思うのでますます気になります。

つづきさんにとっての描くという行為や、版画の技法やライブペイントで人に見られることがつづきさんにどんなふうに作用しているのかとかお聞きして、考えるヒントをいろいろもらいました。

もうちょっとで説明ができそうな気がするので、もう少し考え続けてみようとおもいます


https://youtu.be/6I2bXYRoDn0